私は歯科大学を卒業し大学付属病院に残りました。入れ歯とか差し歯を専門とする補綴科に約10年在籍しておりました。
自分が食べることが好きだということもありますが、やはり皆さんになんでも自分の食べたい物を食べていただくという当たり前のことをしていただきたくて日々勉強しておりました。
大学自体が訪問診療に積極的だったこともあり、もう30年以上前ですが、メンバーとして参加させていただいていました。
当時、訪問診療をするにあたっては、お体の都合でなかなか歯科医院に来院できない方のお口を訪問して治療するという、診療所の治療の延長線上という考えでした。
大学時代の訪問診療は、まだまだ訪問診療が認知されていない時代でしたが、それでも訪問診療というものを知り、希望されるご家庭だったので、生活に余裕のあるお家が多かったように思います。
すなわち身の回りのことが一通り整えられていて、最後にお口もきちんとしたいという願いです。そこには介護に追われているといった悲壮感はありませんでした。ですから、こちらも拝見するのに切羽詰った感じはもっていませんでした。
ただ、当時は元気な方への歯科医の往診ですから、何もなくて当たり前、何か生命に関わることがあれば一大事と、患者様に負担がないよう、また、全身状態に配慮しながら治療は行っていました。
そんな経験から、松山市で開業し再び訪問を始める時も、当初は虫歯、歯周病、入れ歯の不都合で食べられないなら、それさえ治療すればまた食べられるだろう、いわゆる一般の歯科治療をすれば皆さん普通に食べられるようになる・・・と、歯、歯茎、歯の欠損しか見ていませんでした。
しかし、ご家族の方や介護の方々から、お食事内容を聞いたり見たりするようになり愕然としました。
お食事というのは常食というのが当たり前だと思っていました。きざみ食、ペースト食などは聞いたことはありましたが、『特別な物』すなわち病状の過程でいやおうなく、一時的に食べざるを得ないものという認識でした。
間違っていました。普段のお食事自体がきざみ食になっていたり、誤嚥性肺炎を繰り返すので胃ろうになっていたりと、常食でない方が如何に多いことか。
「よくよく聞いてみると“口から食べたい”と涙をこぼされます」という話をケアマネさんからお聞きすると、まるで別世界です。
診療所では、虫歯とか歯周病、入れ歯の治療を行い、特に痛みもなければ「よしOK」という感じです。
違うんです。なんの理由があれ診療所に来られない方というのは、それなりの理由があり、そのためにお体、お口、食べるための機能のすべてにおいて健康な方とは違うのです。
そんな方々でも、低下した機能や低下した免疫をおぎなって、というとおこがましいですが、少しでもその部分のお手伝いができ、“お口から食べる”という、生きていくうえで当たり前なことに力添えできれば嬉しく思い、訪問診療に参加させていただいております。